2008年9月11日木曜日

9/11 Today アジェンデ大統領爆死(1973)……もうひとつの9.11事件

「9.11」事件の日。米国での同時多発テロが有名だが、むかしむかし同じような事件が南米のチリでもあった:
サルバドール・アジェンデ - Wikipedia: "サルバドール・アジェンデ博士 (Dr. Salvador Isabelino del Sagrado Corazón de Jesús Allende Gossens, 1908年7月26日 - 1973年9月11日)は、1970年から1973年までチリの大統領。チリ国立大学の医学部を卒業した後、チリ社会党結成に参加したアジェンデは、1938年に急進党を中心とする人民戦線政府に保健大臣として入閣、その後社会党と共産党の連合である「人民行動戦線」から1958年と1964年の大統領選に出馬した。1970年の大統領選挙に、アジェンデは従来の人民行動戦線から参加政党が拡大した人民連合の統一候補として出馬し、得票率が対立候補を僅差で上回った。憲法に則り、最終決定は議会で行なわれることになった。各党はアジェンデを支持、チリ史上初の自由選挙による社会党政権が成立した。1973年の総選挙で人民連合は大統領選よりさらに得票率を伸ばした。これらの工作によるアジェンデの排除が不可能と考えた反アジェンデ勢力は、アメリカの支援と黙認の下で、武力による国家転覆を狙うようになった。

6月には軍と反アジェンデ勢力が首都のサンティアゴの大統領官邸を襲撃するが失敗した。だが、9月11日に、アウグスト・ピノチェト将軍が率いる軍が再度大統領官邸を襲撃した(チリ・クーデター)。アジェンデは軍と大統領警備隊の間で砲弾が飛び交う中、最後のラジオ演説を行なった後、軍に殺害された(自殺という説もある)。ラテンアメリカで単に「9.11」というと、アメリカ同時多発テロ事件ではなくこの事件を指す。"
大統領官邸は空軍機からのミサイル攻撃を受けて完全に破壊された。大統領官邸は市街地にあるが、まさにピンポイント爆撃が功を奏したのである。いい加減なチリ空軍パイロットにしては出来過ぎとの話もある。

テロは嫌い。テロを引き起こすのは「思いこみの強い」連中。だからなんであれ「思いこみの強い」連中は嫌い。

1 件のコメント:

Unknown さんのコメント...

アメリカはグルジアでの同じことを(別の意味で)やろうとしていた。そりゃ〜、プーチン怒るわな〜。